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山形地方裁判所 昭和23年(行)3号 判決

原告

武田淸治

被告

山形縣知事

主文

被告が昭和二十三年九月二十二日附農地指令第一〇四七号を以て別紙第一目録記載の土地について、農地調整法第九條第三項の規定によつて賃貸借解約を許可した、その許可を取消す旨の昭和二十二年十二月十五日附農地指令第一〇四七号の二の行政処分はこれを取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

請求の趣旨

主文と同趣旨。

事実

一、原告訴訟代理人は請求の原因として、左の通り陳述した。

原告は昭和二十年二月訴外沼沢常吉に対し別紙第一目録記載の田合計六反七畝十三歩と最上郡宿舟村大字鳥越字本後干二十番の一外三筆合計四反五畝十六歩を賃貸し、その際右第一目録記載の田は原告の自作地と隣接しているので、適当な換地があつたときは之と交換すること又、本宮後の田四反五畝十六歩は后日自作農創設手続により、沼沢の所有地とすること等を約した。原告は右約束に從ひ、同年五月頃別紙第二目録記載の田計九反一歩の耕作権を獲得し、之に暗渠排水工事を加え、昭和二十一年一月頃、沼沢に対しこれと前記第一目録記載の田との交換方を申入れたところ、同人はこの交換を快く承諾した。尚、その際、沼沢は当時同人の長女夫婦が同人方に疎開中で職がないから、右第一目録記載の田を昭和二十一年度だけ耕作させて貰いたい、と懇請したので、原告はこれを諒とし、同年度の收穫が終り次第、同地を原告に返還することを約束させて右申入を承諾した。かくして原告は昭和二十一年十月三十一日沼沢から右第一目録記載の田を引取り、その頃すぐ畦畔修理等をして、翌年度の耕作の準備をなし、昭和二十二年度は平穩裡に耕作した。次に、右第一目録記載の返還についての農地調整法第九條第三項の縣知事の許可については、昭和二十二年一月二十五日原告と前記沼沢と連署で賃借解約許可申請書を提出したが書類不備のかどで差戻され、同年四月七日、改めて右許可申請をなし、その調査として、所轄の稻舟村農地委員会は、同年六月六日原告及び沼沢を会議席上に招致し、各関係者臨席の上愼重に審議をした結果、満場一致で右賃貸借解約を承認する旨の決議をなした。右承認決議は被告に進達せられ、被告はこの進達に基き、同年九月二十二日附農地指令第一〇四七号を以て、第一目録記載の田の賃貸借を許可した次第である。

然るに、被告は昭和二十二年十二月十五日農地指令第一〇四七号の二を以て、さきに被告のなした右解約許可を取消し、その取消の指令書は同月二十七日原告に送達せられた。而して、右農地指令第一〇四七号の二の記載によれば、右取消の理由は再調査の結果、さまになした解約許可には誤謬があつたからこれを取消す、というのである。

然し乍ら、そもそも、行政廳が一旦処分をした以上、たとい、後日再調査の結果誤謬を発見したとしても、明文のない限り、その取消は許されぬところである。若しも、本件のように、事後勝手に取消が出來るとするならば、國民は安んじて行政廳の指令に從うことが出來ず、かくては社会秩序は到底維持出來ぬであろう。之を本件の場合につき考えれば、農地調整法第九條第三項により知事がなした許可を後日自ら取消すことについては、同法にもその他の法令にもその明文がなく、その許可の適否の審査権を有するのは、ひとり司法裁判所あるのみである。この点よりするも、被告の本件許可取消処分は違法である。

仮に百歩を讓つて、行政廳が一旦なした処分を取消し得るものと仮定しても、本件解約許可は前述の経過により成立した正当の処分であつて、之を取消すべき理由はないのであるから、此の見地よりするも、被告のなした許可取消は違法である。よつて、原告は、被告のなした昭和二十二年十二月十五日附農地指令第一〇四七号の二による賃貸借解約許可取消処分は、適法なものとして、その取消を求める。(以上請求原因)

次に、原告訴訟代理人は、被告が本件許可取消の理由として、主張する事実(次項答弁の項記載)に対しては、之を全部否認する、と答えた。

二、被告の答弁。

被告訴訟代理人は請求棄却の判決を求め、原告主張の請求原因に対し、左の通り答弁した。

請求原因の中、

(一)  原告が昭和二十年二月沼沢常吉に対し、別紙第一目録記載の田及び本宮後の田四反五畝十六歩を賃貸した事実。

(二)  原告が右第一目録記載の田につき、原告主張の如く、賃貸借解約許可申請をなし、稻舟村農地委員会が、原告主張の如く、審議、決議をなし、被告が、原告主張の如く、之を許可し、次いで、昭和二十二年十二月十五日、被告が右解約許可を取消した事実。

は、いづれも、これを認めるが、其の他の点はすべて之を爭う。被告が右賃貸借解約許可を取消した理由は次の通りである。

即ち、原告が前記賃貸借解約許可申請をなした後、沼沢常吉は、昭和二十二年七月二十五日、前記賃貸解約は原告に瞞されてこれを承諾したものである、という理由で、稻舟村農地委員会に対し原告の右解約許可申請に対する異議を申立て、更に、同年八月二十日、山形縣農地委員会に対して、自作農創設特別措置法施行令附則第四十四條(昭和二十三年二月十二日改正以前の規定で、小作農の請求による遡及買收を定めたもの)による請求をしたので、同縣農地委員会では、三囘に亙り、縣農地委員、小作官、その他の関係係員を現地に派遣して、原告及び沼沢常吉を招致の上、詳細な再調査を遂げた結果、さきに被告が本件賃貸借解約を許可したのは、原告と沼沢間に、原告主張の如く、土地交換の契約があつたこと、並びに、右解約許可申請は右土地交換の実現を計る爲されたものと、被告が認めたがためであるのに拘らず、事実は之に反し、

(一) 昭和二十二年二月頃原告が沼沢に対し、「今度の農地改革によつて、農地は農民に均等に分配されることになり、沼沢が余分の田を耕作して居れば政府に取上げられるから、第一目録記載の田地より一時離作してこれを原告に返し、後日又、これを原告から借りるようにすれば右田地は沼沢が將來永く耕作することが出來る。」と虚僞の事実を告げて、之を信用承諾させよつて右田地についての賃貸借解約承諾書に捺印させた上、同年四月頃原告は沼沢より右田地を取上げて自作した事実。

(二) 沼沢は原告の右虚僞の申入を信用し、たとい一時右田地より離作しても、原告より後日必ず返して貰えるもの、と信じていたために、原告が請求原因中に摘示した昭和二十二年六月六日の稻舟農地委員会に於ける審議の席上で、ことさらに小作解約に異議がない旨の陳述をした事実、並びに、この沼沢の陳述が同農地委員会の承認決議の主因をなした事実。

(三)  沼沢は、原告の右申入れにより、表面上離作したが、原告にはその後「後日小作させてやる」という約束を履行しようとする意思がないので、沼沢は、初めて、原告の前記申入れは、沼沢より小作解約承諾を得るための虚僞の策略であつたことを覚り茲に、前記の如く、村農地委員会に対する異議申立、縣農地委員会に対する請求に及んだものである、という事実。

等、即ち、沼沢常吉が原吉の第一目録記載の田より離作することを承諾したのは、原告主張の如く、これと第二目録の田とを交換したがためではなく、原告の右虚僞の策略に乗ぜられたためであり、從つて、この承諾は沼沢の眞意ではないことが判明した。よつて、被告はさきになした賃貸借解約許可を取消した次第である。

次に、農地調整法第九條第三項の許可を知事が自ら取消すことについては、同法及びその他の法令に何等明文のないことは原告の主張する通りであるが、右許可の取消は、行政廳たる知事の自由裁量行爲として、一般的に、許されるべきものである。而して、本件解約許可は、上述の如く、沼沢の眞意でない解約承諾と事実無根の土地交換とを基礎としてなされたものであるから、被告が之を取消したのは正当であり、本件取消処分は決して違法ではない。即ち、原告の本件請求は失当である。

証拠

原告訴訟代理人は、甲第一乃至第六号証、同第七号証の一、二、同第八乃至第十七号証を提出し、乙号証は全部成立を認め、乙第四号証の一を利益に援用した。

被告訴訟代理人は、乙第一乃至第三号証、同第四号証の一乃至八を提出し、甲号証の中、第六号証、第七号証の一、二、第九号証の成立はいづれも不知と答えたが、その余の甲号各証の成立は認めた。

理由

一、原告が昭和二十年二月頃、訴外沼沢常吉に対し、別紙第一目録記載の田合計六反七畝十三歩を賃貸した事実については当事者間に爭がない。而して右田の賃貸借解約の点につき、前記の如く、原告は、右田は昭和二十一年二月別紙第二目録の田と交換し、同年十月三十一日沼沢よりその返還を受けた、と主張し、被告は右事実を否認し、原告に欺かれて昭和二十二年四月頃これを原告に引渡したものであると主張しているので、此の点につき、判断するに、成立に爭のない甲第一乃至第五号証、同第十乃至第十三号証、同第十六号証、同第十七号証及び乙第三号証(反別の点につき引用)を綜合すれば、

(一)  昭和二十一年二月頃、原告は沼沢に対し、自己の自作地と新に他より賃借した小作地とよりなる別紙第二目録記載の田合計九反一歩を右第一目録の田と交換することを申入れたところ沼沢は之を承諾した事実、並びに、その際、原告は、原告主張のやうな沼沢の懇請により、右第一目録の田の返還期日を昭和二十一年十月三十一日迄延期した事実。

(二)  原告が右交換のため、昭和二十一年二月頃右第二目録の田を沼沢に引渡し事実。

(三)  沼沢は、右約束に從い、第一目録の田を同年十一月初頃原告に引渡し、原告は右田につき昭和二十二年度の耕作をした事実。

等を認めることが出來る。尤も、成立に爭がない乙第四号証の二、四、五及び八には、この点に関する被告の主張に副う記載があるけれ共、右記載は当裁判所の措信しないところであり、他に右認定を左右する証拠はない。

二、次に、右賃貸借の解約につき、昭和二十二年九月二十二日被告がその許可を與え、次いで、同年十二月十五日この許可を取消したことは当事者間に爭がない。而して、この被告の許可取消の当否につき、原告は、先づ、行政処分が一旦なされた以上、たとい後日その処分につき誤謬を発見しても、その取消は、社会の法律秩序をみだすものだから、明文がないかぎり、許されぬ。本件取消は、此の点よりして既に、違法であると主張しているので、此の点につき判断するに、凡そ、單独機関の行政廳の処分には一事不再理の原則は適用なく、從つて訴訟法に規定するような確定力がない次第であるから、その行政処分の成立に瑕疵がある場合には、たとい明文がなくてもこれを取消し得るのが原則である。從つて、原告の右主張は正当ではない。

三、次に、被告は、本件許可取消は、答弁の項に記載した如く、さきになした許可は稻舟村農地委員会の事実誤認による誤つた承認決議に基きなされたもので、山形縣農地委員会が再調査の結果、前記答弁の項記載のような新事実が発見せられたから、前の許可を取消した次第で、この取消は行政廳の自由裁量であると主張し、原告は右事実を否認しているので、次に、之を判断する。

凡そ、行政処分の成立に瑕疵がある場合は後日その処分をなした行政廳が自ら取消し得ることは、前述の通りであるが、本件賃貸借解約許可取消に於ける如く、その取消の対象となる処分が、國民の権利を設定し、又は利益を與える内容を包含する場合には、その取消は、畢竟、國民に不利益を與える場合であるから、此の場合の取消は、被告主張のように、自由裁量が許されるものではなく、所謂「羈束せられた取消」に該当する。即ち、かかる場合には、單に行政処分の成立に瑕疵があることのみを理由としては、その取消は許されず、その処分を存続させておく場合の社会的損失が、之を取消すことにより生ずる社会の法律秩序破壊による損失よりも、遙かに重大である場合に限り、簡單に言へば、取消が絶対に必要である場合(取消の必要性)に限り、その取消か許されるのである。從つて、この種の行政処分にあつては、その成立に重大な瑕疵のあることを後日発見したとしても、行政廳としては、先づ須く、取消によつて惹起する秩序破壊の重大性を愼重に考慮すべきであり、之を自由裁量事項として処理することは許されぬ次第である。

よつて、次に本件賃貸借解約許可の成立に瑕疵があつたかどうだかの点につき案ずるに、此の点に関する被告の主張事実中、原告が被告に対し、本件賃貸借解約の許可申請をした後、沼沢が昭和二十二年七月二十五日、被告主張のような理由で、稻舟村農地委員会に対し、右申請に異議申立をなし、次いで、同年八月二十日山形縣農地委員会に対し、自作農時別措置法施行令附則第四十四條(昭和二十三年二月十二日改正前の規定)による請求をなし、よつて、同縣農地委員会が、被告主張のように、再調査を遂げた結果、その調査係員が、被告主張のような新事実を発見した、という主張の点については、成立に爭のない第二号証と前記乙第四号証の二、四及び五を通じてこれを認め得るのであるが、その新事実が、事の眞相であつて、さきに許可を與えた際知り得た事実は誤りである、という主張の点については、既に冒頭に認定した通り、これを認めることが出來ぬから、被告の主張は排斥を免れない。

尤も、原告が被告に賃貸借解約許可申請をなした後、前認定のように、沼沢常吉が村農地委員会に異議を申立て、次いで、縣農地委員会に前記請求をなしたという事実に徴すれば、沼沢は本件賃貸借の解約に不満であり、ひいては、原告が解約許可申請をなすに当り、沼沢に解約の承諾を強制的にさせたのではないかとの疑念は、一應差しはさまれないではないが、冒頭認定の諸事実と前記甲第一号証同第十二号証及び同第十七号証の各記載とを綜合檢討すれば、本件第一目録の田と第二目録の田との交換契約及びその履行はいずれも前認定の通り既に昭和二十一年度中に行はれたもので、沼沢が前記異議及び請求をした動機は、昭和二十二年七月頃最上郡新庄町より同郡大藏村に通ずる鉄道の敷設計画のため、同人が本件田地と交換に原告より取得した別紙第二目録の土地に標識杭が樹てられた際、沼沢は同耕地の一部が鉄道のためつぶれることを虞れたため、右交換が損だと思つたことと、丁度その頃、第三者で沼沢に対し本件別紙第一目録の田取戻し方を唆かす者があつたため、沼沢は、之を奇貨として、前記の異議や請求をなすに至つた経緯を窺うに十分であつて、前記疑念はこれにより氷解する次第である。

四、之を要するに、本件解約許可には被告主張のような瑕疵は認められず、他に被告はこれ以外の瑕疵を主張立証していないのみならず、乙第四号証の一によれば、本件解約の條件となつている田地交換は農地集團化の要求に副うものであることが認められるし、又解約の結果、生産減少を招くとか、沼沢の生活維持が困難になるとか、その他特に不当の結果を生ずる虞れがあるものと認めるべき証拠はないから、結局、本件解約許可には瑕疵がないものと認めるの外はない。この点よりして、被告のなした本件許可取消処分が違法であることは既に明白であり前述した「取消の必要性」については、もはや、判断必要はない。

よつて、原告の請求はすべて、正当なものとして、認容し、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八十九條に從い、主文の通り、判決した次第である。

(目録省略)

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